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東京高等裁判所 平成元年(ネ)384号 判決

控訴人 株式会社 光建

右代表者代表取締役 砂泊光彦

右訴訟代理人弁護士 山本忠義

同 渡部吉隆

同 丸尾武良

同 久利雅宣

右訴訟復代理人弁護士 室賀康志

被控訴人 大網白里町

右代表者町長 石橋捷洋

右訴訟代理人弁護士 日暮覚

同 川野辺二郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し四二三万七六〇〇円及びこれに対する昭和五七年一二月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  2につき仮執行宣言

二  被控訴人

主文同旨

第二当事者の主張

一  控訴人の請求原因

1  控訴人は、住宅用地の開発、住宅及び共同住宅の建築販売を業とする株式会社であるが、昭和四八年一月ころから、被控訴人の行政区域内で、宅地開発事業を計画施行してきた。

2  被控訴人は、昭和四七年一〇月に「宅地開発事業指導要綱」(以下「本件指導要綱」という。)を策定し、その後、本件指導要綱に基づき、被控訴人の行政区域内で宅地開発事業を行う者(以下「開発事業者」という。)を対象に行政指導をしてきた。右行政指導は、法令等で定められた申請を行う前に開発事業者と被控訴人との間で事前協議を行わせ(本件指導要綱四条)、道路・公園・緑地・上水道・排水等の方式を定めるほか、公共公益施設負担金(以下「負担金」という。)を開発事業者に納入させるものである。

3  控訴人は、被控訴人と各宅地開発事業について事前協議を行い、合意に達した事項につき次のとおり協定書を作成した(右協定書に係る協定を以下「本件協定」という。)。

(1) 約定日 昭和四九年四月二三日

開発位置 大網字笹塚四〇五番二

納付金額 六九万六四〇〇円

(2) 約定日 昭和五〇年七月一六日

開発位置 大網字南野中七六〇番

納付金額 三五〇万七〇〇〇円

(3) 約定日 昭和五〇年七月二二日

開発位置 大網字笹塚三七七番一

納付金額 二五〇万五〇〇〇円

(4) 約定日 昭和五一年七月一五日

開発位置 大網字南野中七八六番五外

納付金額 四〇〇万八〇〇〇円

(5) 約定日 昭和五五年九月二五日

開発位置 大網字笹塚四〇八番四

納付金額 一二五万二〇〇〇円

(6) 約定日 昭和五五年一一月一日

開発位置 富田字新手一三〇一番二

納付金額 二一九万一〇〇〇円

(7) 約定日 昭和五六年六月一二日

開発位置 大網字南野中七七三番三外

納付金額 三七五万六〇〇〇円

4  被控訴人は、本件協定の履行として、次のとおり負担金合計三七一万五三〇〇円を徴収し、右金員を利得し、その結果、控訴人は右金員を損失した。

① 昭和五〇年一月一一日 金三四万八二〇〇円

② 同五一年一月一九日 金一七万四一〇〇円

③ 同五一年一月一九日 金一〇〇万二〇〇〇円

④ 同五五年八月五日 金三一万三〇〇〇円

⑤ 同五五年一一月一日 金三一万三〇〇〇円

⑥ 同五六年三月二四日 金三一万三〇〇〇円

⑦ 同五六年六月一二日 金六二万六〇〇〇円

⑧ 同五六年一二月一日 金六二万六〇〇〇円

合計金三七一万五三〇〇円

右金員のうち①②記載の合計五二万二三〇〇円は前記3(1)の約定の負担金の一部として、③記載の一〇〇万二〇〇〇円は前記3(2)の約定の負担金の一部として、④⑧記載の合計九三万九〇〇〇円は前記3(5)の約定の負担金の一部として、⑤⑥記載の合計六二万六〇〇〇円は前記3(6)記載の約定の負担金の一部として、⑦記載の六二万六〇〇〇円は前記3(7)記載の約定の負担金の一部として、それぞれ控訴人が被控訴人に納入したものである(なお、前記3(8)、(4)記載の約定負担金は未だ納入されていない。)。

5  控訴人は、太平建設株式会社が前項と同様の趣旨で昭和四八年二月一三日に被控訴人に納入した五二万二三〇〇円の負担金に係る不当利得返還請求権を譲り受けた。

6  被控訴人の右利得は、以下に述べる理由により、法律上の原因を欠くものであり、公法上の不当利得に該当する。

(一) 本件協定は、公法上の行政契約と解すべきである。

契約的活動を通じて行われる現代行政について民主的統制を確保するためには、従来公法上の契約として取り上げられてきたもののみならず、行政主体を一方又は双方の当事者とする契約を広く行政契約ととらえ、これに特有の法理を探究すべきである。また、国家賠償法一条一項所定の「公権力の行使」の解釈と同様に、私経済作用を除くすべての行政作用を公法上の法律関係と考えるべきである。

本件指導要綱は、被控訴人において、無秩序な宅地開発を防止ないし規制するとともに、宅地開発事業によって被控訴人の行財政に重大な影響を及ぼす公共公益施設について開発事業者に対し必要な指導を行い、その負担区分を明確にすることなどを目的とするものである(本件指導要綱一条)。そして、本件指導要綱に基づいて負担金納入に関する本件協定が締結されたものであるから、本件協定は公法上の効果の発生を目的とし、公益と密接な関係を有しており、純然たる私経済作用に該当するものではない。したがって、本件協定は、公法上の行政契約であると解すべきである。

(二) 本件協定は、本件指導要綱に基づく被控訴人の行政指導によって締結されたものであり、本件負担金(控訴人及び太平建設株式会社が納入した負担金をいう。以下同じ。)は本件協定の履行として納入されたものである。ところで、一般に行政指導は、法的拘束力ないし強制力を有するものではなく、相手方の同意・協力を期待して、相手方に一定の自主的行為を働きかける非権力的な行政措置である。したがって、行政指導に従うかどうかは、全く相手方の自由にまかされるべきものである。しかし、我が国の社会的実態の下にあっては、行政指導が優越的地位にある行政庁により、広範かつ強力な公権力を背景として行われることから、相手方としては、不本意ながらこれに従わざるをえないのが実情である。そして、およそ侵害行政が法律の根拠に基づかなければならないことは、法律による行政の原理の要請するところである。したがって、本件の負担金を納入させるような規制的行政指導が適法であり、公共団体がその結果として得たものを保持しうるかどうかについては、右の法律による行政の原理に照らして判断すべきであり、そのためには、相手方の意思決定が完全に自由意思によるものであるかどうかによって決定すべきである。

(三) また、本件負担金の実質は、寄附金の性格を有するものである。

ところで、行政機関に対する寄附は、その性質上半強制的になりやすく、国民に過重な負担を強いるばかりでなく、財政秩序の混乱と馴れ合い行政の弊害を招く危険性があることから、強く規制されている(地方財政法四条の五、二七条の四、官公庁における寄附金等の抑制に関する昭和二三年一月三〇日付け閣議決定等)。したがって、行政機関に対する寄附は、寄附者の「完全な自由意思の発動」に基づくことが要請されるというべきである。

(四) (二)の法律による行政の原理の要請及び(三)の寄附の本質・あり方に照らすと、本件協定が有効に成立している場合であっても、その成立ないし負担金の納入につき行政機関による強制ないし半強制があった場合には、本件負担金の納入は、もはや納入者の「完全な自由意思の発動」による納入とはいえず、被控訴人において本件負担金を保持すべき正当な理由はなく、公法上の不当利得に該当する。

(五) 本件協定の締結には、被控訴人による強制ないし半強制があった。

すなわち、前述したとおり、行政指導の相手方は不本意ながらもこれに従わざるをえないのが実情であり、しかも、本件指導要綱には、これに従わない(本件負担金を納入しない)開発事業者に対しては、(1)千葉県知事の許認可の必要な開発事業については申請書の進達拒否、(2)流末排水施設の使用制限、(3)道路占用を許可しない(開発区域への電灯電話柱の建植の占用許可を与えない。)、(4)公益事業者に対する供給制限その他の措置依頼、(5)その他必要な措置のほか、その開発事業者が必要とするすべての事項について一切協力しないとのペナルティを課す条項が設けられていた(二二条。以下、これを「ペナルティ条項」という。)。

およそ、行政指導において、行政庁の側から相手方に対し一定限度の働きかけができることは当然であるが、ペナルティ条項を背景に相手方に負担金納入の働きかけをすることは、強制ないし半強制にわたり、許されない。本件負担金の納入は、まさにペナルティ条項の威嚇的効果を背景に締結された本件協定の履行としてされたものである。

7  よって、控訴人は、被控訴人に対し、公法上の不当利得返還請求権に基づき、四二三万七六〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五七年一二月一二日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被控訴人の認否及び反論

1  請求原因1ないし4の事実は認める。

2  同5の事実は知らない。

3  同6の主張は争う。

この点に関する被控訴人の主張は、原判決事実摘示第二の六(再抗弁に対する認否)の1ないし3(原判決一二枚目裏八行目から二三枚目裏七行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決一五枚目表六行目から同裏五行目までの計画面積の表示中の「・」をいずれも「、」と改める。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因1ないし4の事実は、当事者間に争いがない。また、《証拠省略》によれば、同5の事実を認めることができる。

二  本件指導要綱測定及び運用の経緯、本件負担金の実情、本件協定に至る経緯に関する事実については、当裁判所は、次のとおり改めるほか、原判決理由三の1ないし3(二四枚目表六行目から三二枚目表八行目まで)に説示のとおりであると判断するので、これを引用する。

1  原判決二四枚目裏一〇行目の「小都市」を「小自治体」と改める。

2  同二五枚目表末行から同裏一一行目までの計画面積の表示中の「・」をいずれも「、」と改める。

3  同二九枚目裏二、三行目の「真正に成立したものと認められる」を「原本の存在及び成立の認められる」と改める。

4  同三〇枚目表末行から同裏一行目にかけての「抗弁(7)記載の」を「請求原因3の(7)記載の」と改める。

三  そこで、まず、控訴人と被控訴人との間の本件の法律関係の性質について検討する。

控訴人は、本件協定は、公法上の行政契約と解すべきであると主張する。

公法上の契約(公法契約)とは、公法上の効果の発生を目的とする契約をいうものと解すべきであり、この公法上の契約に関する訴訟は、これに関する公法上の不当利得返還請求訴訟を含め、行政事件訴訟法四条の当事者訴訟に該当するものと解される。控訴人は、行政主体を一方又は双方の当事者とする契約を広く行政契約と解すべきものと主張するところ、公法上の効果の発生を目的とするものと私法上の効果の発生を目的とするものとを問わず、行政庁が行政目的を実現するために締結する契約を行政契約と呼んで統一的にその法理を明らかにしようとする学説も見受けられるところであるが、控訴人が、私法上の効果の発生を目的とする契約まで公法上の契約と主張するのであれば、その主張は採用できないものといわなければならない。

前記認定の事実及び《証拠省略》によると、本件協定は、本件指導要綱一条に定められた被控訴人の行政目的を達するために締結されたものと解されるけれども、その内容は、当該宅地開発事業につき開発の基本となる事項、開発の位置・規模を確認し、本件負担金の具体的な金額及び納入の期限・方法を合意し、排水の処理、道路、ガスの供給等について必要な事項について定めるものと認められるのであって、公法上の効果の発生を目的とするものとは解されない。

なお、控訴人は、公法上の契約については私法規定を適用するのは妥当でないとし、また、法律による行政の原理及び寄附金に関する規制の点から、本件協定の履行としてされた本件負担金の納入に関する(公法上の)不当利得の場合には、当該契約が有効であっても、行政機関の強制又は半強制があれば当然に不当利得が成立すると主張するが、右のように解すべき合理性はなく、契約が無効であるか又はこれが取り消されてはじめて契約の履行として受領した金員について不当利得の問題を生ずるものと解される(もとより、行政指導はその本質からして強制にわたることは許されず、協定が行政庁の強制によって締結され、行政指導のあり方等に照らし妥当でない場合には、当該協定は公序良俗違反・強迫ないしこれらと同視すべきものとして、無効又は取り消しうるものとなろう。)。この点においても、控訴人の主張は、独自の見解として採用できないといわざるをえない。

四  そして、本件協定は私法上の契約と基本的には同視すべきものであり、本件協定の履行としてされた本件負担金の納入は、本件協定が無効又は取り消された場合には、不当利得として返還すべきものとなるところ、控訴人は、その無効又は取消しの原因については何ら主張しない。なお、控訴人は、被控訴人に強制又は半強制があったと主張するが、本件協定が強迫による意思表示であるとか、公序良俗に反すると認めることはできない。この点に関する当裁判所の判断は、原判決理由三の4(一)(三二枚目表一一行目から三四枚目表九行目及び同(二)中三五枚目表一行目から三六枚目裏二行目までのとおりであるから、これを引用する。

五  以上の次第で、控訴人の本訴請求は理由がないから、これを棄却すべきである。これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 猪瀬愼一郎 裁判官 岩井俊 小林正明)

〈以下省略〉

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